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新しい暮らしがはじまる。

by 城崎温泉 富士見屋

 新しい暮らし。

 四十数年生きていると、進学や就職、結婚などそれなりに人生の節目があって、その度に「新しい暮らし」をはじめてきました。一歩踏み出すことが不安なときもあったけれど、それでも前向きに、新しい靴をおろすときのようなドキドキわくわくした気持ちを胸にしていたような気がします。

 緊急事態宣言の解除を受け、城崎温泉の自主的ロックダウンも今日で終わり。明日から「新しい暮らし」がはじまります。自分の意志とは関係なくはじまる「新しい暮らし」は「コロナの向こう側」の日常の中に。不安がないといえば、嘘になります。新型コロナウィルスは、じわりじわりと日常に侵食して、気が付けば日常をガラリと変え、わたしは抗うこともできないまま向こう側に連れていかれました。心の準備ができていないままに迎える「新しい暮らし」の足元は、正直なところ、まだぐらぐらとしたままです。

 ただ、悪いことばかりでもなく、当たり前だと思っていた会いたい人に会える、行きたいところに行ける自由がどれほど贅沢なことだったかを再認識できました。「いつでも」なんてないってことも。そう、こんなに長い時間を家族と共にするのも初めてだったし、日々にいろいろ詰め込みすぎていたことにも気が付きました。旅館も休業を余儀なくされたことによって立ち止まったからこそ、これからのことをじっくり考える時間になり、数少ない外の世界との接点になっていたSNSからは、さまざまな業種の人たちが試行錯誤している様子に刺激をうけました。久しぶりに手紙をゆっくり書くことができたのは、とてもよかった。

 わたしは、もうかつての日常には戻れないと思っています。そして、戻そうとする大きな流れにのまれてはいけない、とも。今、この場所にいることが本意か不本意かはさておいて、はじまってしまう「新しい暮らし」の中に新しい楽しみや、幸せ、豊かさをまた積み重ねていけばいいんじゃないかしら。それもそれで悪くないんじゃないかな。そんな気がしています。まだぐらぐらしている足元もきっと、日々のあれやこれやを誠実に積み重ねていけば、いつしかそれが土台となって、しっかり立てていることでしょう。これまでだって、積み重ねた日々の上に立っていただけなんだから。

 ちなみに、富士見屋でも政府の提案する「新しい生活様式」に合わせた「新しい接客様式」を模索しています。果たして何が正解なのかがさっぱりわかりませんが、ある程度のガイドラインを決めて、あとは実際にお客様と接して、お客様にご意見をうかがいながら日々更新するしかないんだろうな、そんな風に考えています。これまでできていたことができなくなることも、もちろんあるでしょう。反対に、できなかったことができるようになることもあるかもしれません。いろいろなことに折り合いを付けながらの日々の中でも、ともに働く人たちと智慧を出し合い、工夫を重ねていく。そして他者を、場を、想像することを忘れないようにやっていけたら。そんな風に思っています。

富士見屋 若女将

 

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